好きを仕事にする生き方 「work is life」 仕事=人生

講師: SORA農園 大場亮太 氏
キコリ谷テラス オーナー 稲鍵佐代子 氏
農家パン弥栄窯 太田 光軌 氏
日時:2月26日(火)19:00~21:15
会場: 産業創出交流センター
参加者:30名

今回は、丹後で今活躍中の3名の移住者の皆さんから、「好きを仕事にする生き方」と題し、それぞれの移住目的や挑戦されているビジネスについて、仕事が人生そのものになっているライフスタイルを学びました。

一人目は農家パン弥栄窯の太田氏。
静岡県出身の太田氏は、母親の影響でよく幼少期「尾崎豊」の曲を聞いて育ったと語ります。その影響か当時から「不満を感じることのない生活自体が不満」だと思っていたと振り返ります。

太田氏の実家の家業は酪農。とても大変な作業だったそうです。そこで週7日の内5日もやりたくないことが占めるということが嫌だと思い始めました。その後、青年期の社会に対する反抗心も合わさって格闘技を始めプロの格闘家へと転身。「リングの中は真実のみ」「リングの中は真実のみ」。

そのようなストイックな環境で過ごしていた矢先、東日本大震災が起きます。震災ボランティアに参加し被災地を訪れた太田氏の目に飛び込んできたのは「物質的な価値ががらくたに変わった」。そこで本当の価値や幸せについて考えるようになります。

「オーガニックな生き方」に興味を持ち始め、生きていく為の土、場所を探す旅を始めました。
そんな時間の過ごし方の中で京丹後市弥栄のオーガニック栽培を行っている梅本さんに出会い、梅本さんの考え方や人柄、そして京丹後の環境にほれ込み、1年半修行します。

シェアハウスに住み、農業やパン作りを行っている時に「せっかくなら小麦から作ってパンを焼きたい」という想いが生まれました。ある時、「料理通信」の特集記事が目に留まります。そこで特集されていたのは、フランスのノルマンディ地方にある農家パン。「技術を習得したいけれど資金が無い」という状況で、太田氏はある考え方を生み出しました。「自分が望んでいる農家パンの手法が世の中に必要とされるものであれば、お金という形でも応援されるのではないか」。そこで、SNSを活用し渡航費用を集め、結果、支援者から70万円の支援を受け、念願のフランスへ旅立ちます。

フランスのオーガニックのパン屋で修行し、生産手法のみならずパンが嗜好品ではなく食料として存在している世界観に共感を持ち、「美味しいとは何か?あえてよけいなことはせず自然を感じることが大切では?」等、今の弥栄窯オリジナルのパンのアイデアに繋がっていきました。

日本に戻った太田氏は、早速フランスで習得したオーガニックパンづくりを京丹後市弥栄町でスタートさせます。お店づくりなどはイチからのスタート。太田氏は無いなら無いなりに100%理想ではなくても、とにかくやることが重要」と語ります。そして「やると決めたらやること」。この覚悟が原動力になったと振り返りました。

まさに、できることから一歩一歩、周囲の人たちと協力しながら進み続ける農家パン弥栄窯。自然環境に無理のない暮らしから生まれるこだわりのオーガニックパンの味わいは、スローフードとして地元でも人気のパンとなっています。

二人目はSORA農園 大場亮太 氏です。

大場氏は東京都八王子市出身。「まさに『普通』に成長してきたのです」と語ります。

コンビニエンスストアのスーパーバイザーや様々な役職を経験しサラリーマンを卒業。その後、思い立ってアメリカでビジネスと資格を取得し、日本へ戻り、音楽・映像制作、ピアノやアニメーションの音楽クリエイターを抱えるプロダクション「ココロノゲンキ」を始めます。大場氏も太田氏と同様、東日本大震災時期に社会や自分たちの価値観について考える転機となったと振り返りました。

食に対する興味が出てきたことをきっかけに農業について学ぶようになり、山梨県のレタス栽培のアルバイトや山梨農業大学校週末体験に参加。その後、神奈川県三浦市で大根10トンの出荷手伝い、山梨県北杜市で有機農業の勉強を行ったといいます。各県の農家を巡り、農業大学校やそれぞれの地域の農政課などに相談し農業を始める場所を探していきました。そして、妻の稲鍵氏の祖父の出身地・京丹後市に訪れます。その時に感じた京丹後市の自然豊かな環境や、そこに住む才能あふれる人たち、梅本さんのようなオーガニック栽培の先駆者の存在、そしてオープンマインドなコミュニケーションを魅力に感じ、移住を決意。2014年4月にその思いを実現しました。

そして三か月後の7月に就農します。最初は、3000平方メートルでスタート。2016年には有機JAS認定。2017年には青年就農給付金も獲得していきました。「地元の有機物(もともとそこにある栄養)で農作物をつくる。有機JAS的ではなく僕的な有機栽培を目指し肥料づくりも始めた」という大場氏。そのような有機栽培、そしてオリジナルの肥料づくり、様々な種類の野菜づくりが少しずつ認められ、現在では兵庫県三田にある「パティシエ エス コヤマ」をはじめとする飲食店や地元スーパー、マルシェなどでも取り扱われるようになったといいます。

 

最後は、キコリ谷テラスのオーナー、稲鍵佐代子氏のお話しが続きます。

大場氏と共に、関東をメインに音楽、映像制作の会社を継続しながら農業も始めた稲鍵氏。

大場氏と夫婦である稲鍵氏の「稲鍵」という姓は元々丹後の名前。丹後との繋がりを感じるとのでそのまま丹後の名前を使っているとのこと。

稲鍵氏は、仕事の関係上、周囲にはクリエイターや表現者など「好きなことを仕事にしている人」ばっかりだったと振り返ります。そのような中で稲鍵氏の役割は、好きなことを仕事にしている人の不得意な部分である「消費者へのアプローチ、情報をマーケットへ届ける」といいます。

そこで、丹後の良い生産物と消費者が出会うことができる場として「キコリ谷テラス」をオープンさせます。キコリ谷テラスを作るにあたり大切にしたことは「好きなことを実現している人」「好きなことを伝えたい人」が集まる場づくり。そして、そこでお客様も含め皆が楽しく過ごすことができること。稲鍵氏のお金に関する考え方は「時間に対する対価」ではなく、「喜んでもらえたことに対する対価」だと説明されました。お店が無い人も販売にチャレンジできるように、そしてそれが暮らしの糧になり、生業になっていくように。そんな機会を創出されています。

キコリ谷テラスは、とてもステキな空間デザインで、インテリアも地元の廃校の音楽室の机や薪ストーブなどを使用しているとのこと。ネットでなんでも揃う時代、しかし廃材や使わなくなった古い物の形を変えて使うことにも意味があると語ります。

キコリ谷テラスでは、販売の他にランチやイベント(収穫祭)、解体ワークショップなどの体験もスタート。これからの活動がますます期待されます。

三名の皆さんの実践的な話に、参加者は「まさに今やりたいことに対するヒントや覚悟などの精神的なアドバイスももらえたことが良かった」との感想が寄せられました。

実際にプロジェクトを進める参加者などからは、自分たちの課題に関係する質問なども寄せられました。

レポート:一般社団法人プレイス

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